まんぷくモデルの安藤百福と仁子!ドラマ(福子と萬平)との違いは?

Hi!ジャスミンです。

2018年10月から始まったNHK
朝ドラ「まんぷく

チキンラーメンの生みの親、安藤
百福&仁子夫妻の生涯を描きます。

主役は妻の仁子さんをモデルに
した今井福子(立花)。

夫になる萬平のモデルである百福
さんについては、よく知られてい
ますね。

仁子さんはあまり自分のことを
語る人ではなかったようです。

ですが、仁子さん亡き後
家族が手帳を見つけ、そこに
過去を書き記したものがあった
そうです。

「まんぷく」はその内容をもとに
作られています。

福子、萬平をはじめ登場人物の
モデルを比較してみましょう。

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仁子の生い立ち

父、重信と母、須磨の間に安藤家
の三女として誕生。

重信は二本松神社の宮司の家柄
ですが、長男があとを継ぎました
ので、次男の重信は婿養子に出ま
した。

ですが、事業を立ち上げ散財しす
ぎて離縁(離婚)されています。

須磨は旧鳥取藩士の家系。
一度結婚しましたが、離縁してい
ます。

教師の夢を持ち、母とともに大阪
へ移住してきました。

その夢は諦め、重信と結婚

長女の晃江(てるえ)、次女の
澪子(みおこ)、そして三女が
仁子(まさこ)です。

人力車の会社をやっていた頃は
とても繁盛しており、安藤家は
裕福な暮らしをしていました。

三人の娘もしっかり教育を受け、
女学校にも通っていました。

晃江は毛皮のコートを着て学校に
通っていたことも!

重信は政治家を目指していた時期
もありましたが、そちらは失敗に
終わっています。

会社が倒産してから、暮らしは
貧しくなります。

晃江は宝飾店に勤め、美人なので
結婚を申し込まれることが多かっ
そうです。

幼い仁子がボディガードのように
ついて歩いて、男性が寄ってこな
いようにしていたとか。

歯科医にも結婚を申し込まれた
ことがあります。
白い馬に乗って来たのです。

結婚します
がすぐに肺結核を患い亡くなりま
す。

澪子はしっかりもので、絵の愛好
家の集まりで、手のモデルをやっ
ていました。

19歳の若さで結婚。夫は
画商が注文するような絵は描かず
売れない画家でした。

須磨の口癖は「私は武士の娘です

娘たちは「どうせ足軽でしょ」と
からかっていました。

重信には妾がいるけれど、須磨は
どっしりと構えていたそうです。


ドラマとの比較

まずドラマはスタート時から
すでに父は他界

母のセリフによると、重信のよ
うに事業を起こしては失敗して
貧しい時期があったようです。

母の口癖も「私は武士の娘です」
須磨さんと同じように鈴さんも
口癖になっています。

長女は史実と同じく、美人で男性
から言い寄られることが多かった
のです。

牧善之介さんのモデルになった
歯科医は実在しています!

ドラマでは鈴さんが断っています
が、実際は晃江さんが断っていた
みたい。

結婚してすぐ、結核で亡くなるの
も史実通りです。

次女の克子姉さんも、モデルと
同じく若いうちに画家と結婚。

手のモデルのエピソードもあり
ましたね。

ただ子供の人数は、実際のほうが
多く8人もいたそうです(汗)

夫の一雄さんは忠彦さんと同じく
画商が好む絵は描かない主義。

仁子さんたちの父母ともに
再婚だったのですが
ドラマではそこは描かれていませ
ん。

まんぷく第1週のあらすじ!ネタバレと感想は?福子と萬平の出会い

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仁子の学生時代と周辺の人たち

仁子は家計を支えるため、女学校
を休学し、大阪電話局で交換手
として働き始めます。

お弁当はいつもチリメンジャコ。
「おかげで骨は丈夫」と笑って
いました。

女学校時代の友人は貞子と富美子

特に貞子は薬剤師で100歳を越え
ても現役で勤務しています。

安藤家は家を立ち退くことにな
り、引越を繰り返していました。

女学校に復学し、無事卒業。

ですが次姉夫婦の家に両親と共
に世話になっていました。

仁子の知り合いの紹介で、ホテル
の電話室の交換手として働くこと
になります。

ここでは仁子も言い寄られた男性
がいました。

整備士の男性は缶詰をくれたり
しました。

もう1人の男性は、仁子が結婚を
断ると自殺未遂をしてしまった
そうです。

太平洋戦争中に重信が死去

ホテルの社長が仁子の仕事ぶりを
評価し、フロント係に抜擢します。

ここで元陸軍中将の井上安正
気に入られる仁子。

これが後に、百福との出会い
繋がります。


ドラマとの比較

戦争中の福子の家は、鈴さんと
2人で生活していました。

貧しいというわけではない設定
でしたね。

ちゃんと学校を卒業してから
電話交換手として働き始めてい
ます。

長姉の結婚と死期が、史実と少し
ズレています。
仁子さんは百福さんとまだ知り合
っていないときです。

ドラマでは長姉の入院を理由に
萬平の交際を断っています。

福子と萬平の出会いもちょっと
ドラマチックな感じに。

実際は元中将に紹介された、と
味気ないものだからですね(笑)

野呂さんのように缶詰をくれる
人は実際にいたんですね!

仁子さんは2人の男性に言い寄ら
れていますが、ドラマでは同僚の
保科さんがその設定に。

親友の1人である貞子さんが薬剤
師です。
敏子さんのモデルですね。

お弁当のエピソードも
女学校時代の回想シーンに出て
きました。

ドラマでは戦争後に次姉の家で
お世話になっていました。

それ以前は福子が克子一家の家計
の足しに、とお金を渡しています。

そう考えると義兄は忠彦さんより
売れてた画家だった?

まんぷく第2週あらすじ!ネタバレと感想は?福子と萬平の恋の行方は?

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百福の生い立ち

百福は日本統治下だった台湾
生まれました。

両親を幼い頃に亡くし、祖父母の
家で育ちました。

22歳でメリヤス会社を台北で設立
します。

百福は大卒ではなかったので、
立命館大学の夜間部へ通い始め
ました。

その後、幻灯機を製造。

戦争が一番激しい1946年の3月に
仁子と結婚

先述の井上元中将の紹介で、仁子
と知り合います。

百福の一目惚れから始まりますが
仁子はその気がなく、一度は断り
ます。

知り合いに相談すると「攻めて攻
めて攻め抜け」とアドバイスを
受け、再び仁子に交際を申し込み
ます。

ようやく仁子はそれを受けたの
です。

川西航空機の下請けで、エンジン
製造の会社も経営

資材担当者が数が合わないと気づ
き、横流しを疑います

責任者である百福が警察に相談
すると、憲兵隊に行くように
言われます。

憲兵から「他人に罪をなすりつけ
ようとしている」と横流ししてい
るのは百福だと言われました。

百福は拷問を受け、食事もろくに
取れない状態に。

「明日シャバに出れる。力になれ
ないか」と言う人に井上元中将に
伝言を頼みます。

元中将が掛け合ってくれたことで
百福は釈放。

横流しは共同経営者がやったこと
で、憲兵の1人と親戚で繋がって
いたのです。

百福を陥れようとしていたこと
がわかります。

このときの傷が原因で、後に
腸閉塞を患うことに。

ちなみに憲兵に捕まったのは
仁子と知り合う前です。

井上元中将が釈放された百福に
仁子を紹介します。


ドラマとの比較

ドラマでは台湾国籍ではありま
せん。

戦争に行かなかったのも台湾国籍
だったから、ということですが
萬平さんは体調不良を理由に出兵
できませんでした。

ですが萬平は両親を早くに亡くし
ていると話していましたので、
ここは史実通り。

萬平さんが大阪弁を話せないのは
親戚の家を転々としていた、と
いう設定です。

百福さんは若い頃から会社を
立ち上げてましたが、萬平さんは
そのようなことは言ってません
でしたね。

仁子さんとのことを相談した人
がいたようです!

ドラマではその人は世良さん。
「攻めまくれ」というアドバイス
も史実通りです(笑)

会社経営をしていたのは史実通り
ですが、業務内容が違いますね。

資材の横流し疑惑もハメられたの
ですが、加地谷さんと憲兵は親戚
という設定ではなかったです。

ドラマでも井上元中将が出てき
ています。

でも憲兵に掛け合ってくれたとき
だけの関係。

百福さんにとっては恋のキュー
ピッド的存在ですが、萬平さんに
とってはそれほどの存在じゃない
ですね。

まんぷく第3週あらすじ!ネタバレと感想は?萬平が逮捕で福子困惑!

百福は再婚だった!

百福は仁子と知り合った頃、すで
に台湾に妻の呉黄梅と息子の宏寿
がいました。

さらに妾だった呉金鶯との間に
2人の息子と1人の娘がいました。
台湾では妾と結婚できるので、金
鶯とも結婚していました。

金鶯とは仁子と結婚する頃に別れ
ています。

黄梅は妾となり、仁子と正式に
籍を入れます。

つまり仁子は3人目の妻となる
のです。

日本人の仁子が台湾国籍の百福と
結婚するということは、あまり
世間から良く思われません。

仁子はすでに28歳で、当時として
は晩婚。

相手を選んでいる場合じゃなかっ
とも思えます。

もちろん仁子が百福を愛していた
ことも前提ですけど。

黄梅の息子、宏寿を日本につれて
きて仁子は自分の子として育てま
す。

新婚なのにいきなり子持ちになっ
た仁子。

さらに母の須磨も同居したので、
4人家族でした。


ドラマとの比較

百福さんは結婚歴がありました。
萬平さんは初婚で子供もいません。

朝ドラなのでヒロインの相手が
再婚&子持ちでは、ちょっと・・
ということでしょうね。

鈴さんは福子たちが結婚してすぐ
は、別々で暮らしていました。

疎開をきっかけに同居しています。
史実では最初から同居だったよう
です。

まんぷく第4週あらすじネタバレ!福子の結婚生活・萬平に赤紙が?

結婚当初の仁子と百福

結婚してすぐに百福の親戚がいる
兵庫の上郡に疎開。

疎開先でも川魚を大量に取ったり
いろいろなことを考えていた百福。

疎開先で仁子は妊娠しましたが、
早産の末、子供は死んでしまいま
す。

大阪に戻ると戦火で家を失った
人々のために、簡易住宅を作る
仕事を始めます。

人の役に立つ仕事をしたい
という思いがありました。

終戦後、上郡から近い赤穂
寄り、塩作りを知ります。

このときはまだ塩作りをしよう
と考えていません。


ドラマとの比較

疎開先は百福さんと同じく、萬平
さんの親戚がいる上郡。

萬平さんは疎開先で病気になって
います。
これは戦争に行けない流れにする
ためでしょう。

憲兵に捕まっていたときの傷が
原因という部分は同じですが、
病名は腹膜炎でした。

萬平さんは塩作りを思いついてか
ら、赤穂に見学に行きました。

むしろ百福さんがなぜ、赤穂で
塩作りを見たのか、いきさつが
ちょっと謎。

ここはドラマのほうが筋が通って
ますね。

神部茂のような存在は実際には
いなかったみたいです。

ドラマ内で神部が結構、便利な
存在になっているのはそのため
でしょう(笑)

はんこ屋はドラマオリジナル。

泉大津に行く前に百福さんは
いろいろ事業をやってたのです
が、そこは割愛してはんこ屋で
収めてしまったみたい。

まんぷく第5週あらすじネタバレ!戦後の苦しい生活で萬平が発案!

泉大津へ移住

いくつか不動産を購入していた
百福。

泉大津の軍事工場跡地を購入

大量の鉄板があったため、これを
利用して塩作りを発案します。

ここで赤穂で知った塩作りの方法
が役に立ちました。

大阪の街をぶらぶらする若者を
泉大津で働かせます。

塩作りをしながら、別の事業
始めました。

1947年(昭和22年)
名古屋に「中華交通技術専門学院
を設立します。

自動車の構造を学ぶ学校です。

この年の10月に息子の宏基さん
が誕生。

泉大津に栄養食品開発をする
国民栄養科学研究所」を設立。

産後の仁子さんの栄養補給にと
食用ガエルで調理を試みるも
大失敗。

牛と豚の骨エキスを抽出した
たんぱく加工食品「ビセイクル
を作ります。

この頃、百福さんはヤミ市で
ラーメン屋台に並ぶ人々を見て
日本人とラーメンの関係に目を
つけていました。


ドラマとの比較

萬平さんは不動産の財産は泉大津
の家だけ。

鉄板を見て塩作りを考えます。

大阪の無職青年を雇ったのも史実
通り。

ドラマでは塩軍団と呼ばれている
塩作りメンバーには、特にモデル
はいません。

みんなオリジナルの人物。

実際に料理上手な従業員がいたこ
とがあったようです。

というわけで赤津さんのモデル
いちおういるのかも。

泉大津にいる時に夫婦の間に子供
が生まれました。

まんぷく第6週あらすじネタバレ!泉大津で新生活スタート!


参考文献はこちら

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